エンピツ戦記 - 誰も知らなかったスタジオジブリ

エンピツ戦記 誰も知らなかったスタジオジブリ

著者

舘野 仁美、平林 享子(構成)

目次

メイちゃんの誕生(スタジオジブリ鈴木敏夫)
はじめに(舘野仁美)
プロローグ
1 ジブリ王国の門をくぐる、エンピツ戦士
2 ジブリの森で宮崎監督に雷を落とされる
3 師匠たちに怒られながら、腕をみがく日々
4 トレスマシンと格闘し、スケジュールに追いかけられる
5 光があれば、闇もある。表現者はなにを考え、どう動くべきか
6 いいアニメーターの条件とは? 教える立場になって思ったこと
7 ジブリを巣立つ日。そして人生は続く
エピローグ
エンピツ戦記外伝――構成者あとがき(平林享子)

感想

「エンピツ戦記 誰も知らなかったスタジオジブリ」は、素晴らしい作品を生み続けてきたアニメーション制作会社スタジオジブリが舞台です。アニメーション制作の大変な現場で動画チェックという仕事に携わってきたアニメーター舘野仁美さんの回顧録です。
「となりのトトロ」から「思い出のマーニー」まで、来る日も来る日も紙の上の線と格闘して歩んできた27年間を振り返った内容になっています。

アニメーターならではの視点や面白い、すごいエピソードには事欠かない宮崎駿監督、高畑監督、一般的には知られていないながらもアニメーター界では名の知れた凄腕アニメーター等のエピソードを織り交ぜながら、回顧録は綴られています。

スタジオジブリの制作現場の様子は、新作映画の公開に合わせて制作風景を捉えたドキュメンタリー番組の放映や映画「夢と狂気の王国」などでスタジオジブリの大変な制作現場の様子が垣間見れます。
映画「夢と狂気の王国」は何度観ても美しく面白いですし、「NHK ふたり/コクリコ坂・父と子の300日戦争~宮崎 駿×宮崎吾朗~ 」では宮崎駿監督が声を荒げて怒っている様子が捉えられていたりします。個人的には、映画本編よりも監督やスタッフの悲喜交々が垣間見れるメイキングやドキュメンタリー番組の方が面白いなと思ったりします。

夢と狂気の王国 [DVD]
夢と狂気の王国 [DVD]

posted with amazlet at 16.08.11
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社 (2014-05-21)
売り上げランキング: 15,069
NHK ふたり/コクリコ坂・父と子の300日戦争~宮崎 駿×宮崎吾朗~ [DVD]
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社 (2012-05-16)
売り上げランキング: 59,575

でも、スタジオに外部のスタッフが入りカメラで撮影するのと、制作の現場で実際に仕事をしている人、それも27年間もの間制作現場に身を置いてきた人が綴るのとでは、断然に後者の方が貴重なエピソードやカメラには捉えることのできなかったアニメーターたちの姿を知ることができるのではと思い、期待して読みました。

スタジオジブリについてとなると、どうしても宮崎駿監督、高畑勲監督、鈴木敏夫プロデューサーを抜きにしては語れないと思います。
様々なエピソードがありますが、宮崎監督の勘違いで何故か自分が怒られた、監督の指示と仕上げ部との間で板挟みになりながら高畑監督に怒られた、急な方針の変更に納得がいかず鈴木プロデューサーに直訴して苛つかれて突っぱねられた、など結構怒られたエピソードが多いように思いました。

もちろん、怒られた記憶ばかりではなく、宮崎監督が本物の鳥に向かって「お前飛び方間違ってるよ」と言うところなんかは監督らしいエピソードで思わず笑ってしまったりしました。

ただ、宮崎監督の机のすぐ側で仕事をしてきた方ならではのマニアックなエピソードを期待していたんですが、期待を上まわるようなエピソードはなかったので少しがっかりではありました。いずれのエピソードも、スタジオや監督のドキュメンタリーやインタビューを映像で見てきたファンからしてみると、特に貴重だなと思えるエピソードはなかったように思います。
ジブリや監督についてあまり知らないのであれば、楽しく読めると思います。そして、宮崎駿という人がいかに面白い人なのかが分かり、好きにならざるを得ないと思います。

宮崎駿という人間を的確に表している文章としては、宮崎駿著「出発点」のあとがき「エロスの火花」が素晴らしいです。高畑監督が執筆しました。数ページの中に的確且つ濃密に宮崎駿について書かれていますので、是非機会があれば読んでみてください。

出発点―1979~1996
出発点―1979~1996

posted with amazlet at 16.08.11
宮崎 駿
スタジオジブリ
売り上げランキング: 44,822

ジブリを語る上ではどうしても避けては通れない三人のエピソードが結構なウェイトを占めてしまうのは仕方がないと思いますが、それでも三人にまつわるエピソードは楽しいものです。そんなエピソードもほどほどに、長年アニメーションの動画チェックとしてクオリティ維持に従事してきたアニメーターならではの技術的な視点も綴られています。
アニメーターを目指している人や実際にアニメーターとして仕事に携わっている人なら面白く読めるところではないでしょうか。
技術的なこともそうですが、新人教育の業務や凄腕アニメーター等と接して、絵を描くことの心構えや絵を描くことに対する姿勢などについても綴られています。
苦労話に共感したり、改めて気づかされることもあるのではないでしょうか。

ただ、この辺についても、HOWTO本のようには深くは触れられていません。あくまで回顧録的にさらりと触れる程度に留められています。

「エンピツ戦記 誰も知らなかったスタジオジブリ」は、全体的にさらりとして読みやすくはありますが、内容もさらりとした印象で、スタジオジブリの光と影の「影」にあたるどんなおぞましいエピソードが読めるんだろうと期待して読むと少し肩透かし感は否めないと思いました。
この本の最後に、エンピツ戦記外伝 構成者あとがきがあります。ここでは著者の舘野仁美さんについて書かれているのですが、「エンピツ戦記 誰も知らなかったスタジオジブリ」上では優しそうなソフトな人という印象でしたが、実際はもう少し厳しかったりする人のようです。
構成、編集の際に、綴られた文章にある棘や毒を整え抜かれてしまったようで、できれば棘や毒のある初稿を読んでみたいなと思いました。

 

「エンピツ戦記 誰も知らなかったスタジオジブリ」を読んでいくと、アニメーターやジブリ映画好きの人向けかと思いきや、そんなことはなく、この本は特に中間管理職の人や何かしらに板挟みになりながら仕事をしている人が読むと良いと思いました。

著者の舘野仁美さんは、動画チェックというセクションで仕事をしてきました。
動画チェックという仕事は、詳しいことは本書を読んでもらうことにして、ざっくりと簡単に要約すると、原画や動画には数十人のアニメーターがいて、それぞれいろんな癖や得意とする動作などがあって、それらの絵をチェックをして直したりアニメーターに仕事を割り振ったりして、アニメーションの品質を管理するために設けられているセクションです。(あまりアニメーションには詳しくないので、おそらくこういうことだろうと理解しています。)

アニメーションの基本となる絵を描く原画、原画と原画の間の動きを描く動画、動画に色を付けていく仕上げ、などそれぞれのセクションの間で板挟みになったり、うまく調整したり、時にはやり直しのキツイ言葉を伝えないといけなかったり、時には監督の指示より他のセクションへの負担を減らそうと調整したり、その苦労は痛いほどわかりました。
いつも胃がキリキリ痛んでいたのではないでしょうか。
自ら絵を描いたり直したり指示を出したりする業務の大変さより、伝える言葉だったり、言い方だったり、伝えるタイミングだったりを見計らったり、人に対しての気遣いの方が大変だったのではないでしょうか。

中間管理職的立場で奮闘している人なら、彼女の大変さがとてもわかるでしょうし、彼女の自分の仕事を全うしようとするタフさや芯の強さ、優しさ、にはきっと元気と勇気をもらえるのではないでしょうか。
仕事を全うしようとする姿勢が素晴らしいなと思うと同時に、どんなに大変でも自分たちの作るアニメーションを少しでもより良いものにしようとする努力、執念は文章を読んでいるだけでも伝わってきました。

 

アニメーションの制作現場に27年、苦労の連続だったはずです。
どこかの家に嫁いで、母として、妻として、家を守る。
途中で嫌になって嫁いだ家を出て行ったり、今では簡単に不倫に走るなんてのがあってもおかしくないのに、27年間もアニメーションの奴隷(良い意味です。褒めてます。)として仕事に邁進してきて、それは大変でもあり、幸せでもあったのではないでしょうか。

それぞれ苦労して生み出してきた子供たち(作品たち)は、アカデミー賞に輝いたり、ベネチアで金獅子賞に輝いたり、今なお老若男女、国境を越えてファンは増え続け、愛され続けています。スタジオジブリに嫁いで27年、母親冥利に尽きるのではないでしょうか。
宮崎駿監督、高畑勲監督の才能だけでは、これだけのことは決して成し得なかったと思います。来る日も来る日も机にしがみ付いて、婚期を逃してもなお机にしがみ付き、絵を描き続けたアニメーターたちがいたからこそだと思いました。

エンピツ戦記 - 誰も知らなかったスタジオジブリ
舘野 仁美 平林 享子
中央公論新社
売り上げランキング: 71,196

 

現在の舘野仁美さんは「思い出のマーニー」を最後にスタジオジブリを退職して、「ササユリカフェ」をオープンさせました。実際の彼女はどんな感じなのかとても興味があるので、今度機会があったら行ってみたいと思います。

ササユリカフェ
http://www.sasayuricafe.com/

JR中央線・総武線の西荻窪駅から徒歩3分のところにあります。