犯罪小説集

犯罪小説集

著者

吉田修一

目次

・青田Y字路(あおたわいじろ)
・曼珠姫午睡(まんじゅひめのごすい)
・百家楽餓鬼(ばからがき)
・万屋善次郎(よろずやぜんじろう)
・白球白蛇伝(はくきゅうはくじゃでん)
それぞれの短編は、歌舞伎の演目のようなタイトルになっています。

感想

吉田修一「犯罪小説集」は、それぞれある犯罪を軸にある犯罪を犯してしまう人間とその犯罪者を取り巻く周囲の人間たちを描いた5編からなる短編集です。

吉田修一といえば、「橋を渡る」「怒り」「横道世之介」に代表されるように実際に起きた事件や事故などに着想を得て物語が描かれる作品が多いですが、本作「犯罪小説集」も実際に起きた記憶に新しい事件、犯罪を犯して世間を騒がせた人物をモデルにして描かれる5編の短編集が「犯罪小説集」です。

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この吉田修一「犯罪小説集」は、先に書いたように実際に起きた事件をベースに描かれています。そのベースとなる事件は、世間を騒がせ連日ワイドショーなどで報じられていた事件を扱っていたりします。「犯罪小説集」を読んでいくと、この物語のモデルとなる事件は、すぐにあの事件だなとわかると思います。また、タイトルが「犯罪小説集」となっていますので、そのままなんですが「誰かが犯罪を犯す」物語です。「怒り」のように誰が本当の犯人なんだ?とミステリー的な要素で読ませる物語ではないと思いますので、それぞれの短編の結末を知っていても特に面白さが半減することはないと思います。

例えば、実際に起きた事件で「首都圏連続不審死事件」の木嶋佳苗をベースにした「曼珠姫午睡(まんじゅひめのごすい)」や、記憶に新しい清原和博の「覚せい剤取締法違反による逮捕」をベースとした「白球白蛇伝(はくきゅうはくじゃでん)」などがあります。

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実際の事件を物語のベースに添えられてはいますが、ノンフィクションやルポルタージュのように実際の事件や人物を深く掘り下げて真相に迫るというような物語ではありません。あくまで、物語のとっかかりとしてあるだけで、その犯罪を起点にある状況の中で犯罪に走ってしまう人物やその人物を取り巻く周囲の人たちの感情や悲劇を描いているのが「犯罪小説集」になります。

実際の事件がベースになっていることで、物語の風景や人物のイメージは、テレビのワイドショーやネットなどで事件が起こった場所や犯人たちの姿を知っている分、具体的にイメージがしやすく、物語の中にすんなりと入っていけると思います。
逆に、具体的なイメージが強くまとわりついてしまって、「曼珠姫午睡(まんじゅひめのごすい)」では木嶋佳苗だったり、「白球白蛇伝(はくきゅうはくじゃでん)」では清原和博だったり、その人にぴったりとイメージが固定されてしまうのは、自由にイメージを膨らませて読む楽しみの範囲を狭めてしまっているようで、良くも悪くもという印象でした。
逆のアプローチとして、実際の事件に興味を持っている人が読むと、新しい発見や思わぬ感情に思いが及んだりして興味深く読めるかもしれません。

「犯罪小説集」は、短編5編「青田Y字路(あおたわいじろ)」「曼珠姫午睡(まんじゅひめのごすい)」「百家楽餓鬼(ばからがき)」「万屋善次郎(よろずやぜんじろう)」「白球白蛇伝(はくきゅうはくじゃでん)」からなる物語ですが、犯罪を犯すことになる主人公の心理描写がありません。その犯罪者に関わる、犯罪に巻き込まれる、犯罪の遺族になる、犯罪被害の当事者になる人物たちは心理描写があります。例外として、「百家楽餓鬼(ばからがき)」は犯罪を犯す主人公の心理描写で物語は進み、周囲に配置されている人物の心理描写はありません。
面白い事に、「百家楽餓鬼(ばからがき)」を除く他の4編は人の命が奪われる殺人事件が起こります。例外である「百家楽餓鬼(ばからがき)」は莫大な借金を重ねていくギャンブル依存の人物の物語です。この短編では、殺人は起こりません。
つまり、誰もが経験があるであろう、他の何も見えなくなるくらいのめり込んだり、些細なことでも誰かに嘘をついたり騙したり、失望したり、自分を過信したり、ということは誰でも理解できる感情や行動だから「百家楽餓鬼(ばからがき)」では例外として犯罪を犯す主人公の心理描写を描いたのかなと思いました。
逆に、他の4編の殺人者たちの心理描写がないのは、当たり前ですが、殺人を犯した事がないので描かない、殺人を犯す人間の心理なんか分かりたくもないから描かない、分かりようがないから描かない、もしかしたら同じような感情が自分自身の中にも見てしまうことが恐ろしくて描かない、様々な想像ができます。

犯罪を犯してしまった犯人は絶対に許されるものではないですが、犯罪を犯してしまった人間を取り巻く環境や人々の無関心、思い込み、情け、優しさ、非情、何気ない言葉、家族や友達や村の人たち、住んでいる土地、生まれてしまった家柄、など様々な要因が、犯罪を犯さずに済んだかもしれない人間を犯罪者へと追い込んでしまっているように、読んでいて感じました。
周囲の人間から見た、犯罪を犯した得体の知れない恐ろしい人間が犯罪を犯すというようなよくある物語のように読めますが、「犯罪小説集」の犯人たちには、本当は悪い人間ではない優しさやどこか悲しさ、悔しさ、苦しさを感じさせるような悲しい人間たちに思え、犯罪者にも周囲の人間たちにも共通する悲しさや悔しさなどに胸を痛めながら読みました。

「悪人」「怒り」など犯罪を背景に描かれる悲しい人間模様が好きでしたら、「犯罪小説集」はおすすめできると思います。また、5編の短編から構成されていて重厚感はあまりないですが、気軽にさくっと読めるので吉田修一をまだ読んだ事のない人にもおすすめです。

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